2012-03-15

これからの税制どうする? 第3回〜「財政赤字」「不景気」その根本原因は?

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これからの税制どうする? 第2回」では、増税よりも景気回復を優先する立場の人たち【景気回復派】を紹介しました。
 
景気回復派の主張は、「不況のデフレ下で増税をすれば、より一層景気を冷え込ませることになるので、増税すべきではない」というもので、その認識は間違っていないと思います。
 
しかし彼らが上げている主な対策は、
A.減税、金融緩和、規制緩和など、市場を活性化させる目的で自由市場の拡大を図ろうという意見
B.デフレからインフレに転換させるため、もっと市場にお金を投入しようと言う意見
で、
これらは既に20年以上(バラマキに至っては’70年以降40年以上も!)続けてきて、その結果が現在なのですから、それで解決するとは思えません。
 
増税ではダメ、景気刺激策をとろうにも有効な手がない、では一体どうすれば良いのか?
今回は、問題解決の糸口を探ります。
 
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景気回復派と増税派がすり合わないのは、
・景気をどうにかしようとして景気刺激策をとれば財政赤字が増えてしまい、
・財政赤字を何とかしようとして増税すると、こんどは景気が悪化(GDPダウン)してしまう、
というジレンマの構造
になっているからです。
 
この問題を解決するには、そのさらに背後にある原因構造を把握する必要があります。 
 
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増税派が問題としている財政赤字も、景気回復派が問題にしている景気の悪化(GDPダウン)も、その根本原因は‘70年に豊かさが実現したことによって、需要が縮小したことにあります。
   
’60年代の高度成長期の市場拡大(生産と消費の拡大)によって、電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビ(いわゆる三種の神器)の普及率が、’70年にほぼ100%を達成しました。(下図①)
ところが、必要な物が揃った=豊かになった70年以降は需要が縮小し、’60年代の高度成長期には10%以上あったGDP成長率が、’74年には(第一次石油ショックの影響もあって)マイナス成長へと転落します。その事態に対応するために赤字国債を発行し、公共投資を中心としたバラマキによって、70年以降はかろうじてプラス成長を続けてきました。(下図②)
 
しかし、国家が大量に投入した資金以上の経済成長は起こらず、わずかな経済成長と引き換えに、1000兆円という膨大な国家の赤字が残されました。(下図③)

 

 
豊かさが実現し、その結果として需要が縮小したことが原因なのだから、いくらバラマいても投入した金額以上の市場拡大は望めないし、そもそも無理して消費するような「もったいない」ことを国民もしたくはありません。
 
人々の意識は大きく変化しているのです。
豊かさが実現した現在の、象徴的な若者の事例を紹介します。

先日、TVで”お金を使わない20代の若者”というドキュメントをやっていた。
とても印象に残ったのは、デイトレーダーで資産100億をたたき出した若者だった。
「稼ぐ気はない。」
「お金を使う先も特にない。」
それでも、彼は成果を出すために時間を惜しんで(食事は立ち食いそばやカップラーメン)パソコンに向かい、日々、株の世界で成果を出している。金貸しのようなギラギラした感じもないし、活力も全く感じられない。ただ、ひたすら仕事をしているだけ。
やりがいは感じたい。何をしたらいいか?目標がないから、役に立つ仕事だろうが、単に金を稼ぐ仕事だろうが一生懸命真面目にやる。お金はひたすら貯金。遊びにもいかない。

「稼ぐ気はない、使う気もない」より
 
この青年が特殊なだけと思われるかも知れませんので、もっと身近な事例をもう一つ紹介します。

私は、田舎で農業に携わっていますが、この一年を振り返ってみて、あらためて感じるのは、人々の意識は、モノを得る充足から、心の充足(=共認充足)に、完全に移って来たなということです。
農業も農作物を栽培して販売するという意味では、モノを作って売っている物的生産であるということに間違いはありせん。
しかし、現在、農産物の販売においても、新鮮で、美味しくて、安い、無農薬という(農作物そのものの)ことだけではない価値を見出して、買い物をする人々が増えています。
(中略)
また、農業体験イベントを定期的に開催していますが、最近は、参加費を払って参加していても、スタッフと一緒に早くから準備の手伝いや片づけをして下さったり。「次回からは、スタッフとして参加したい。」という声をいただくことも多いです。
これも、開催側とお客さんという立場の違いでは、あまり充足出来ない。同じ立場で、場を作っていくことで、本当に充足できる。その充足代として、参加費を捉えているということでしょう。
最近、お客さんとしてではなく、みんなで創り上げる参加型のイベントというアピールでイベントを企画し、「お手伝いいただける方は、イベント開始時間の1時間前に来てください。」と広報チラシに記載したら、予想以上の人が集まり、イベント中も、みんなで食事をつくり、一般参加者が、生産者に代わって、農産物の販売をしたり、片付けも一緒にしたりと、とても充足されて、「また、やりたいです。」という言葉もいただきました。

「心の充足にお金を出す時代への転換」より
 
つまり、
「お金儲けじゃ、活力が出ない」
のです。
この実感こそが、問題の本質であり、問題解決への足がかりなのです。
 
ところが、学者や官僚、マスコミといった社会の統合階級は、「市場拡大は絶対」「景気回復が最優先」といったGDP信仰の枠に囚われてしまい、彼らが発信する観念によって、大衆的にもあたかもそれが絶対不可欠のように思い込んでいます。
 
たとえ「市場拡大」して「景気回復」したとしても、国民の活力が上がらなければ意味がありません。
 
そこで次回は、
金儲けに替わる新しい活力源は何か?
豊かさが実現した時代に求められる”税制”とは何か?

を扱います。
 
お楽しみに
 

List    投稿者 watami | 2012-03-15 | Posted in 未分類 | No Comments » 

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